カウンターのちょっと小高いポジションに置かれた大皿に、ごろん、ごろんと転がっている茶色い丸いもの。一見すると“爆弾コロッケ”のようであり、はたまた巨大なたこ焼き?にも見える。無骨なやつだが、これが「さかなのさけ」定番メニューの筆頭「ひろうす」だ。関西でも京都辺りでは「ひりょうず」などと呼ばれ、関東では「がんもどき」の名で親しまれている。ちなみにポルトガルの揚げ菓子「フィリョ―ス」が語源という。
料理長の悦っちゃんは「ひろうす」にひとかたならぬ思いがある。大阪でお店を始める前に入った、とある和食店で、雇われ板さんのきんちゃんがつくる「ひろうす」が絶品だったという。「いつか、ああいうのをつくってみたいなぁ」。
それが実現したのは、お店を始めて3~4カ月たった頃だった。「まだメニューで試行錯誤していたときにふっとひろうすのことを思い出し……、きんちゃんのをヒントにつくってみたら大好評」と悦っちゃん。
水切りした豆腐につなぎの山の芋と卵を混ぜ、具は椎茸、人参、海老、蓮根、銀杏、そしてみじん切りにした青じその葉を散りばめるのが悦っちゃん流。しっかりと揚げて中まで火を通したら、スタンバイOK。カウンターに鎮座して、注文される時を待つ。旨味が濃い目のだしで煮たアツアツを味わえば、身も心も温かい。一年中あるけれど、酒の仕込みが始まるこの季節は、蓮根のほっこりと新銀杏の翡翠色が楽しい。
「そうだね、人気投票したら一番になるかもしれない」というのは田中さん。「そんな定番中の定番料理には、やはりベーシックな酒が合います」。「さかなのさけ」でベーシックといえば、米の瑞々しさを味わえる無濾過タイプや火入れした濃醇旨口の酒。「ひろうすは食材としても万能ですが、どんな酒とも仲ようできる大らかさがあります。肌寒い日はぬる燗もいけますよ」。てっぺんにちょこんと盛られた紅葉おろしと生姜からも、ポカポカが届く。日本酒の美味しさが染み渡るような冷え込む晩に笑顔をもたらす一品である。
■ 案内人 田中秀嗣(たなか ひでつぐ)&悦子(えつこ)
1978年の長野。大阪から来ていた田中秀嗣さんと東京から来ていた悦子さんは諏訪で出会い、気がついたら所帯をもっていたそう。食道楽・大阪の食文化は悦子さんにカルチャーショックを与えると同時に食いしん坊に火をつけ、やがて夜な夜な集まる食いしん坊仲間のために腕をふるうように。「安く、手早く、おいしく」の容赦ない洗礼を受け、悦子さんの料理の腕前はめきめきと上達。一方、秀嗣さんは折からの大吟醸ブームで日本酒の旨さに開眼し、日本酒ノートを片手に飲み歩き、ついには自宅に酒用冷蔵庫を設えてしまうほどハマる。やがて2人の考えは一つにまとまり、1987年8月、大阪・船場に「さかなのさけ」をオープン。21世紀に入り、17年3カ月に及ぶ歴史をいったん閉じて、2004年11月に東京・六本木に移転。カウンター席12席の小さな店は、お二人の人柄を目当てに集まる人々で賑わっている。
●さかなのさけ(さかなのさけ)
東京都港区六本木3-8-3
phone 03-3408-6383
[営業]18:00~23:00 入店
[休]日曜・祝日・月曜
※事前に電話確認を




