dancyu×日本酒.com

(本文ここから)

”マツザキ的”日本酒つれづれ用語帳 日本酒大辞典

【第5回】監修:松崎晴雄 文:堀越典子 写真提供:秋田清酒 パズルのごとき“肩書き”を読み解く(酒選びレッスン実践編2) ※本文中の赤字の用語にロールオーバーすると解説が表示されます。

 さて、前回は新酒を選ぶためのレッスンと称して酒屋さんに出かけましたが、今月はもう1軒、別の店にお付き合いいただくことにしましょう。というのも、こと日本酒の場合、販売店が変わると、そこで取り扱う銘柄もガラリと一変してしまうことが多いから。当然、酒が違えばラベルの文字や表情も変わるわけで、その出自を説明する“肩書き”も実にさまざま。この肩書きの複雑さが、「何のこっちゃ」「よくわからない」とビギナーの皆様方の不興を買うことしきり。ケースを見回していると、さっそく飛んできましたよ、矢継ぎ早の質問が。
「この袋吊り槽掛けの違いは何ですか?」
「“袋しぼり”とありますが、これは?」
雫酒とは、どんなお酒のことなんでしょう?」
 はいはい、これはみんな上槽に関連する用語でして。“袋吊り”は、もろみの入った酒袋をタンクに吊り下げて、自然に酒が垂れてくるのを気長に集める方法。ヒモで縛ってぶら下げる様子から、“首吊り”なんぞという縁起でもない呼び方もありますな。槽掛けは文字どおり槽で搾った酒のこと。袋しぼりは、袋吊りと基本的に同義。ただし、で搾っても酒袋は使うよ、ということなのか、「木槽袋しぼり」などという肩書きもあり。“雫酒”ってのは袋吊りで集めた酒のことで…。
「じゃあ、機械で搾るときは“槽掛け”とは言わないんですか?」
 スルドい質問です。機械で搾る場合でも“槽掛け”と言ってますね、なぜか(汗)。
「それに、ここには“槽掛け、雫酒”とありますけど。これ、袋吊りじゃないけど雫酒ってことですよね?」

斗瓶囲いというのは? 斗瓶に集めた袋吊りの酒?で、雫酒との違いは?」
 ぐぐっ、まいりました。こうして見ると、日本酒の肩書きというのは、本当に複雑かつ曖昧です。まあ、これらの文言が手書き風の文字で黒々と書かれていたら、これすなわち「ええとこ取りの、素晴らしく旨い酒」のことと解釈して間違いないでしょう。
 一昔前の時代、このクラスの酒は出品酒専用と相場が決まっていて、市場にはまず出回らなかったものでした。最近は一般向けに市販される機会が増えてきたぶん、プレミアム感を表現するために、あの手この手のキャッチコピーも必要になるわけで、パズルのように複雑な肩書きを生んだ背景には、そんな事情も関係しているように思えます。 言い換えれば、かつて家庭では味わうチャンスがなかった“ええとこ取り”の酒を、ソノ気にさえなれば、今は晩酌で楽しむことができるということ。これは日本酒飲みにとって、とてつもない福音というものではないでしょうか。


(本文ここまで)


袋吊り

上槽方法のひとつ。もろみを酒袋に入れ、タンク端に渡した木の棒に結んで吊るし、自然の力でポタポタと滴る酒を集める。重力以外には一切の圧力をかけず、もろみ内部の粒子を押しつぶさずに液化発酵した部分のみを採取するため、雑味のない、きめ細かできれいな酒質となる。機械や槽で搾る方法に比べると、取れる酒の量は少なくなる割に、かける手間隙は数倍。空気に触れる時間が長く、酸化しやすいリスクもある。鑑評会出品酒や最高級の大吟醸クラスの定法として知られているが、技法が普及したのは比較的新しく、昭和30年~40代頃。「袋取り」「袋しぼり」と表現されることもある。

槽掛け

もともとは、「上槽」と同様に圧搾工程そのものを指す言葉。もろみを酒袋に入れ、槽に積んで圧搾する伝統的な方法に由来するが、機械が普及している近年では、もろみを圧搾機で搾るときにも慣例的に「槽掛け」の表現を使う。一方で、商品の肩書きに「槽掛け」を表示しているケースでは、機械搾りではなく、「槽を使った昔ながらの方法で搾った酒=より手造りに近い酒」といった意味合いが強い。この場合は「槽しぼり」の表現で代用されることもある。

雫酒

機械を使わず、自然重力に任せる方式で搾られた上質な酒の俗称。もろみからぽたりぽたりと滴り落ちてくる様、ピュアで混じりけのない酒質、少量のみしか採取できない希少性の高さを「しずく」になぞらえて命名された呼び名で、かつては、もっぱら鑑評会出品専用酒として門外不出の扱いを受けていた。最近は、少数限定ながら市場にも流通。主に袋吊で採取された酒の代名詞となっているが、槽を使った搾りによるものでも、人工的な圧力を加えずに酒袋の自重のみで垂れてきた酒を「槽掛け・雫酒」として出荷するケースも見られる。

上槽

発酵が終わったもろみを搾り、酒と粕に分離する工程のこと。上“槽”の表現は、木製の槽に酒袋を並べる伝統的な搾りの方法にちなむ。機械化が進んだ現在では、大型のアコーディオンのような蛇腹状の装置にもろみを送り、空気圧によって濾過と圧搾を行う連続式自動もろみ圧搾機が主流となっているが、酒の搾りそのものの総称として「上槽」の言葉が慣例的に使われている。

醪

酒母(蒸し米、米麹、水の混合物に酵母を培養したもの)に蒸し米、麹(蒸し米に種麹をふりかけ、麹菌を繁殖させたもの)、水を加えて糖化・発酵させ、酒に仕込んだもの。漢字では「醪」のほかに「諸味」「諸実」などと表すこともあり、粕を濾す前の汁と米粒が混じった状態を指す。もろみを仕込む工程においては、雑菌の繁殖を防いだり、酵母の濃度を一定に保つ目的から3回に分けて水・蒸し米・麹を加える“3段仕込み”を基本とする点、蒸し米のデンプンを麹が糖化させ、その糖分を酵母がアルコールに変えていく“並行複発酵”であることが、最大の特徴となっている。

槽

もろみから酒を搾るための伝統的な装置。古来から使われていたのは、堅さのあるケヤキやイチョウなどの木製で、幅70~75cm、深さ90~100cmが標準サイズ。長さは仕込みの規模によって異なる。この木製の装置の中にもろみを入れた布製の酒袋を積み、袋の自重で、あるいは蓋を置いた上から圧力を加えて絞る仕組み。袋から染み出た酒は、底面の溝を伝って出口から流れ落ち、“垂れ壷”と呼ばれる容器に集められる。がっしりとした長方形の木型が舟を思わせることから、「ふね」の呼び名がついたとされる。

斗瓶囲い

斗瓶とは、1升瓶10本分に相当する18L入りフラスコ型のガラス瓶。鑑評会出品酒や特別な大吟醸など、主に袋吊りで搾られた貴重な酒は通常タンク貯蔵をせず、直接斗瓶に採取し、そのまま滓が下がるまで低温で保存。ものによっては、一定期間ねかせて熟成させ、艶やかに味がのるのを待つ。最終的には、斗瓶から直接瓶詰されるが、出荷の際に他の商品と差別化を図るために「斗瓶取り」「斗瓶囲い」などの肩書きをラベルに付すようになった。“雫酒”と同様に、「手間暇を惜しまずに造られた最上級の酒」を表すキーワードといえる。