さて、前回は新酒を選ぶためのレッスンと称して酒屋さんに出かけましたが、今月はもう1軒、別の店にお付き合いいただくことにしましょう。というのも、こと日本酒の場合、販売店が変わると、そこで取り扱う銘柄もガラリと一変してしまうことが多いから。当然、酒が違えばラベルの文字や表情も変わるわけで、その出自を説明する“肩書き”も実にさまざま。この肩書きの複雑さが、「何のこっちゃ」「よくわからない」とビギナーの皆様方の不興を買うことしきり。ケースを見回していると、さっそく飛んできましたよ、矢継ぎ早の質問が。
「この袋吊りと槽掛けの違いは何ですか?」
「“袋しぼり”とありますが、これは?」
「雫酒とは、どんなお酒のことなんでしょう?」
はいはい、これはみんな上槽に関連する用語でして。“袋吊り”は、もろみの入った酒袋をタンクに吊り下げて、自然に酒が垂れてくるのを気長に集める方法。ヒモで縛ってぶら下げる様子から、“首吊り”なんぞという縁起でもない呼び方もありますな。槽掛けは文字どおり槽で搾った酒のこと。袋しぼりは、袋吊りと基本的に同義。ただし、槽で搾っても酒袋は使うよ、ということなのか、「木槽袋しぼり」などという肩書きもあり。“雫酒”ってのは袋吊りで集めた酒のことで…。
「じゃあ、機械で搾るときは“槽掛け”とは言わないんですか?」
スルドい質問です。機械で搾る場合でも“槽掛け”と言ってますね、なぜか(汗)。
「それに、ここには“槽掛け、雫酒”とありますけど。これ、袋吊りじゃないけど雫酒ってことですよね?」
「斗瓶囲いというのは? 斗瓶に集めた袋吊りの酒?で、雫酒との違いは?」
ぐぐっ、まいりました。こうして見ると、日本酒の肩書きというのは、本当に複雑かつ曖昧です。まあ、これらの文言が手書き風の文字で黒々と書かれていたら、これすなわち「ええとこ取りの、素晴らしく旨い酒」のことと解釈して間違いないでしょう。
一昔前の時代、このクラスの酒は出品酒専用と相場が決まっていて、市場にはまず出回らなかったものでした。最近は一般向けに市販される機会が増えてきたぶん、プレミアム感を表現するために、あの手この手のキャッチコピーも必要になるわけで、パズルのように複雑な肩書きを生んだ背景には、そんな事情も関係しているように思えます。 言い換えれば、かつて家庭では味わうチャンスがなかった“ええとこ取り”の酒を、ソノ気にさえなれば、今は晩酌で楽しむことができるということ。これは日本酒飲みにとって、とてつもない福音というものではないでしょうか。





